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2007年3月 6日 (火)

新聞の「客観報道」と「われわれの意見」について

最近はあまり耳にしないような気がしますが、新聞社は自らの報道を「客観報道」だとしていたように思います。「客観報道」とは矛盾に満ちた言葉だなあ、と思っていたのですが、以下の記事を読んで少し分かったような気がしました。

CNET Japan Blog
佐々木俊尚 ジャーナリストの視点:
「新聞が背負う「われわれ」はいったい誰なのか」

新聞記事の意見というのは、主語が「われわれ」であり、この「われわれ」とは、国民一般のこと、つまり国民一般の意見として書かれてる、という趣旨だと思います。

ライティングの基本事項として、「事実と意見を区別して書く」というものがあったと思います。ここで言うところの「事実」には、他者の意見も含まれます。「意見」は自分自身の意見ですね。つまり、自分自身の意見と、それ以外のものを区別するように、ということだと考えます。

この面からすると、確かに新聞記事は「客観報道」である訳ですね。国民一般の意見というのは「事実」でありますし、記者自身の意見はどこにもないとするなら、記事は全て「事実」から構成されていることになります。これを「客観報道」と称するロジックなのでしょう。

もちろん、実際には国民一般の意見を装って、記者自身の意見が書かれているわけですから、詭弁に他ならないわけですけどね。それが国民一般の意見であるという根拠・証拠はどこにもないわけですし、「事実」とするには相当無理があります。論文の場合は、他者の意見を「事実」として記すなら、出典の明示が必要ですよね。

「弱者のための新聞」?
 しばらく前、知人の毎日新聞幹部が、「都市型新聞を目指したって朝日、日経に勝てるわけがない。だったらうちは徹底的に『弱者のための新聞』を目指すしかないんだ」と言っていたことがあった。
 たしかに最近の毎日の紙面を見ていると、このような方向性に進みつつあるのかと思うこともある。世間の潮流からこぼれ落ちてしまった部分に、とにかくこだわっていこうという姿勢であり、弱者に光を当てていこうという視点の持ち方だ。

特定の集団を装って、自らの意見を表明しようとするところに、根本的に無理があるように思います。記事にあるのは、あくまで記者個人の意見であり、それを明確にするのが本筋でしょうね。

個人が個人として意見を表明するのが難しいのが日本社会ではありますので、新聞記者がこうした歪な形でしか意見を表明できないのは、感覚的にはわかるのですけどね。

おまけ:
毎日新聞社会部「医療クライシス」係への意見書1
毎日新聞社会部「医療クライシス」係への意見書2

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「事実」と「意見」の話は、確かこの本で知ったのだと思います。本が手元にないので、記憶頼りですけど...違っていたらごめんなさい。Amazonのカスタマーレビューで、この話が触れられているので、たぶん間違いないかと。

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コメント

>個人が個人として意見を表明するのが難しいのが日本社会ではありますので、

 それならそれで「我が社の意見」あたりに落ち着いてくれないものかと。

投稿: apj | 2007年4月18日 (水) 21時51分

apjさん、コメントありがとうございます。

そうですね。あくまでひとつの意見であり、反証の可能性が存在することを明らかにする、反証があれば受け入れる、といったことができればよいと思います。

投稿: ron | 2007年4月21日 (土) 00時20分

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