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2007年5月27日 (日)

プロジェクト・マネジメントの極意

MOZANさんの記事より。「ベビーシッティング」という言葉があるんですね。「箸の上げ下げまで」という感じでしょうか。

サブコンは最低金額で仕事を落札してきたものだけが選ばれるが、もちろんコストを下げた最低金額にするために、サブコンはその仕事に出来る限りお金をかけないようにする。だから、仕事も手抜きになるし、マネジメントによる管理も弱くなる。すると、彼らに代わって元請けであるゼネコンが時間をかけてそのサブコンを管理しなくてはいけなくなる。業界では「ベビーシッティング」つまり、「赤ちゃんの面倒をみる」という言い方をする。

...

建設に限らず、全てのプロジェクトの大半の時間は「待ち」と「コーディネーション」に消えるという事実はここにある。工程計画表のほとんどが役に立たないのもコレが理由。コストとロスタイムは同等なので、工程表に従った厳しい管理は逆に「管理費」というコスト上のロスが生じる。 ...

MOZANBLOG: 安い施工会社は本当に安いのか, May 26, 2007

岸良 祐司 著「目標を突破する実践プロジェクトマネジメント」(2005, 中経出版)という本にも、これと似た話が出てきます。

...単価に注目したコストダウンには落とし穴があることも教えてもらった。工事原価を下げるために安い作業員を使うと、逆に管理や手直しに手間がかかることが多く、下手をすると納期が遅れてしまうことも多々あるという。

...

...もしも不幸にも2日の遅れが発生したとしよう。するとたった2日でトータルのコストは540万円に跳ね上がってしまう。これこそ、「安物買いの銭失い」だ。

p.128-129

ITシステム開発のプロジェクトも同様だと思います。個々のタスクを早く確実に完了させていくことが、プロジェクト成功の決め手なのでしょうね。

私が、オフショア開発と国内開発、どちらがコスト面で優位か、一概には言えないと思うのが、これがあるからです。オフショア開発は、単純に人件費の単価では、非常に有利ですが、管理コストとロスタイムは、結構大きなものがあると思います。国内開発の場合は、逆の構図になりますね。

結局、インド・中国の企業との競争も、マネジメント力と技術力の勝負ということになるのではないですかね。楽観はできませんけど、あまり悲観的になる必要もないと思っています。

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CD‐ROM付 目標を突破する 実践プロジェクトマネジメント Book CD‐ROM付 目標を突破する 実践プロジェクトマネジメント

著者:岸良 裕司
販売元:中経出版
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2007年5月26日 (土)

産科医小説「無過失」

近所の本屋さんで平積みになっていました。

ノーフォールト Book ノーフォールト

著者:岡井 崇
販売元:早川書房
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大学病院の産科が舞台(!)。医師の過酷な勤務、劣悪な待遇、医療訴訟、病院の赤字経営など、現代の日本医療の問題がすべて盛り込まれている感じです。

一般の書店にこういう本が平積みで並ぶのは、やはり早川書房の力なのでしょうか。「チーム・バチスタの栄光」の一連のシリーズの横につんでありました^^)

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2007年5月23日 (水)

俗物的世代論

意外に盲点でした。面白いです。

で、気になったことが1つあった。もしこれらが若年者だったら、すぐにテレビやらゲームやらの影響とかが持ち出されたんだろうなぁ、というあたりだ。やれ「過保護に育てられた世代だから仮想と現実の区別がつかなくなっている」だの「なんでもネットやケータイですまそうとする現代のバーチャル社会の光と影」だの。この種の言論は、いざネットで探そうとしてみると検索上位にはなかなかひっかからないのだが、テレビにコメンテータとして出てるタレントとかいわゆる「識者」とかの発言としてはよく聞くような記憶がある。

となると、ちょっと試してみたくなる。若年者が起こした凶悪犯罪とかを論じるときにすぐに持ち出されるこの種の「世代論」を、中高年者の凶悪犯罪のケースに適用してみたらどうなるか、といった一種の思考実験だ。

H-Yamaguchi.net: 中高年の凶悪犯罪を俗物的世代論で語ってみるテスト

若い人たちが色々と言われてしまうのは、彼らの社会的立場の弱さゆえなのでしょうね。そうした若年世代論を語る人は、反撃される恐れがないから、彼らを好き勝手に酒の肴にするのでしょう。

俗物的とは、まさに字義のとおりですねー。

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2007年5月 5日 (土)

ブロートウエアと民主政治

”bewaad institute@kasumigaseki”さんの以下の記事。面白いと思いました。

議会政治をMS Wordに擬えてみる

まあ、MS-Wordが売れている理由は、いわゆる”ネットワーク効果”の故であって、MS-Wordの機能によるものではないとは思います。商用ワープロソフトの機能はどの製品も大同小異だと思いますし。

「ネットワーク効果」は顧客が多ければ多いほど、より多くの顧客を得ることができる、という状況のことだ。

ストラテジーレターⅠ: ベン&ジェリー 対 アマゾン - Joel on Software

ブロートウエアの生まれる理由を考えれば、共通点は出てくるかな、と思います。つまり、商用ソフトウエアの機能は、なぜ肥大化するのか、ですね。

正確にはブロートウェアとは何だろうか?The Jargon Fileは悪意に満ちた定義をそれに与えている。「小さな機能に対し割の合わないほど多くのディスクスペースとメモリを要求するソフトウェアのこと。とくにアプリケーションやOSのアップグレードに対して使われる。この言葉とその現象は、Windows/NTの世界で非常に一般的である」


多くのソフトウェア開発者は昔ながらの「80/20」ルールに魅了されている。80%の人々は20%の機能しか使わない、というのは大いに意味があるように見える。それであなたは20%の機能だけ実装すればよく、それでも80%は売れると思い込む。

残念ながら、それは決して同じ20%ではないのだ。みんな異なる機能セットを使っている。過去10年間、互いに学ばないと心に決めた何ダースもの会社が、20%の機能だけ実装した「ライト版」ワードプロセッサをリリースしようとしたのを聞いてきた。これはPCの歴史と同じくらい古い。…


あなたが「ライト版」の製品のマーケティングを始めて、「どうです、軽いでしょう。たった1MBだ」と人々に言い、彼らはとても喜んで、それが彼らにとって必須の機能を持っているか聞くが、それがないと分かると彼らは買わない。

ストラテジーレターIV: ブロートウェアと80/20の神話 - Joel on Software

ソフトウエアの機能を決める際、ユーザ、マーケティング、記者などの意見を聞くと、間違いなく、ソフトウエアはブロートウエアとなります。意見を聞く人が増えれば増えるほど、ソフトウエアの機能は肥大化して、「重く」なるでしょう。

私は50人くらいの関係者の意見をとりまとめて、ソフトウエアの機能リストを作り、開発したことがあります。機能リストは恐ろしい量で、なかには、互いに矛盾するようなものも含まれていました。もちろん、出来上がったのは、とんでもなくブロートなソフトウエアでした。

ブロートウェアを嫌悪する人達に言わせると、優れたソフトウエアをデザインする唯一の方法は、ひとり(または少数)の優れたプログラマが誰の意見も聞かず、彼の独断のみによって、デザインすることだそうです。UnixやC言語は、そのようにデザインされた、というのが引き合いに出されます。

独裁者が統治する場合、「無駄」はなくなるでしょう。彼の人が「無駄」と考えることは行なわれなくなりますから。それを多くの人に納得させることができるかどうかが、彼の人の優秀さの証でしょうね。うまく行く場合は、ユーザの熱狂的な支持を得ることが多いと思います。

民主的に統治を行なう場合、つまり、多くの人の意見を聴き、それを反映させるならば、肥大化は避けられず、多くの人が「無駄」と思うものが含まれるようになるでしょう。「軽くしてくれ」という意見だけは、決して実現されることはないでしょうね。

「無駄な政策」が多いのは、民主主義がある程度は機能しているという証なのかもしれませんね。

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