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2007年9月15日 (土)

勧善懲悪劇による現実のモデリング

人は、現実の出来事をそのままの形で理解することはできず、なんらかのモデルによって理解しようとします。一般的によく使われるのは、”物語”の形式で、これは、出来事を原因結果の因果律に従って単純化して並べたものとなります。

...
 しかしながら、格闘をしている善良な奴と邪悪な奴がいると想像してごらんなさい。
...もし邪悪な奴が勝ったら、我々の生活は悪いほうに変えられるだろう。もし善良な奴が勝てば、我々の生活は豊かなものとなるだろう。 ...我々の生活における何かが問題となっているのだ。こうすると、ドラマを持つことになる。
 ドラマは葛藤である。それは、誰かが他の誰かと対立することである。 ...
...
ニール・D・ヒックス著, 濱口幸一訳、「ハリウッド脚本術」, フィルムアート社, 2001, p.11

...ドラマは、これが起こりそのためにあれが起こるといった、ストーリーを語るものだ。ドラマは原因と結果の構成を見せて、我々に人生の意味を作り出す拠りどころを与えてくれる。

同, p.12

勧善懲悪の物語というのは、物語のなかでも、もっとも原始的なものの一つで、それゆえ、人々の感情によく訴えるものがあるのだと思います。すなわち、”善良な奴”と”邪悪な奴”がいて、”善良な奴”が”邪悪な奴”をやっつける。すると、全ての問題は解決され、人々は幸福になる、めでたしめでたし。エンドロール。

「現実はそんな単純なものではない」

誰もがそう考えるはずですが、一方で、意識下でそう考えようとする指向性が存在するように思います。こうした単純な二元論というのは、人の考え方の基礎に存在するのかもしれませんね。

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