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2007年10月 7日 (日)

応益負担と応能負担

国民は租税を強制的に負担させられているわけですが、その負担の根拠として、租税利益説と租税義務説なるものがあるようです。

租税利益説:国民は政府の提供するサービスの対価として税を払う
租税義務説:国民は国家に属するがゆえに義務として税を払う

ここから、負担のありかたとして、応益負担と応能負担という考え方が出てきます。

応益負担:政府サービスの利益に応じて税を負担
応能負担:納税者の支払い能力に応じて税を負担

もともと、近代国家が誕生した当初は、夜警国家(自由主義国家)思想が支配的で、政府が国民生活に介入するのは、最低限であるべき - 極端には軍事と警察に限定すべき、としていたことから、応益負担の考えが主流であったようです。

その後、二度の大戦を得て、政府の役割は飛躍的に増大し、様々な社会保険制度、社会保障制度が創設され、福祉国家の思想が支配的となります。社会保障というのは、所得の再分配に他なりませんから、ここで応益負担の考えは捨てられ、応能負担の考えが主流となります。

所得再分配というのは、以下のように、高所得層から低所得層へ所得を分配するわけですから、当然のことながら、富裕層ほど”損”になり、受益と負担では説明できない概念かと思います。

低所得層:受益 > 負担
高所得層:受益 < 負担

しかるに、1980年代頃から、財政赤字の増大を背景に、新自由主義の思想が政府内において見られるようになり、再び”受益者負担”が唱えられるようになっています。

実際に、所得税の累進税率が減税され、消費税を増税することで、負担は所得にかかわらず定率、さらには定額へと向かっているようです。一般消費税は主として日用品を対象としますが、日用品の購入額は所得にはあまり関係しないため、税としては所得にかかわらず定額となる傾向があります(消費税の逆進性)。

租税義務説というのは、”国民の義務”だとか、”相互扶助”だとかの、もっぱら、道徳面を強調することになって、いまいち歯切れの悪い、説得力に欠ける面があるのは否定できないですね。租税利益説の方が、利害関係をもとにする分、昨今では説得力を持ちそうです。

しかし、利益説では、国民の受けるサービスが一律である以上、税は所得に関わらず定額とするのが整合性があり、所得再分配を否定することになります。また、税が定額ですと、低所得層が負担できる限度で、税収が決まってしまい、それこそ、政府サービスは、”夜警国家”程度でしか行なえなくなるでしょうね。

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