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2007年11月24日 (土)

P.F.ドラッカー『断絶の時代』

ドラッカー名著集7 断絶の時代 (ドラッカー名著集 7)Bookドラッカー名著集7 断絶の時代 (ドラッカー名著集 7)

著者:ピーター・F・ドラッカー
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1969年の著作だそうですが、今日の状況にも、驚くほど当てはまりますね。例えば、”今どきの”若者が3年で仕事をやめる理由として、以下の記述は本質を突いていると感じます。

 今日、この自らを独立した専門職業とする自負と、格や所得ははるかに上回るもののある意味では昨日の熟練労働者の後継者にすぎないという現実の間に葛藤が生じている。この葛藤が教育を受けた若者たちの幻滅の底にある。彼らが、企業、政府、軍、大学のばからしさを口にするのも、このためである。

 彼らは知識人たろうとする。だが実際にはスタッフにすぎない。しかもあらゆる組織がそのようなものであるからには逃げ道もない。企業に背を向け大学に残っても、そこもまた組織にすぎないことを知る。大学から出て政府機関に入っても同じ状況にある。

 彼らのほとんどが、問題は、退屈な仕事と自由との選択ではないことを知らない。彼らの前にある選択は、所得と機会を約束する仕事と、食べていくための畑での一日十六時間の耕作や草むしりである。しかしこれを彼らに理解させることは無理かもしれない。彼らの全員が、自分だけは本当の専門家としての仕事につく資格があるというに違いない。

p285-286

 少なくともごく最近までは、仕事に要求される能力そのものは、さほど大きく変わっていない。女性店員の仕事には、三〇年前は中卒で十分だったものが、今日では高卒あるいは短大卒が必要になった。しかしそのことには仕事上の特別な理由があるわけではない。今日の一八歳あるいは二〇歳の女性店員が、一九三五年頃の一五歳よりも、あるいは一九一〇年の一二歳よりも多くを売っているわけではない。

 一九二九年当時アメリカでは、大量生産工場の職長は中卒で働き出した人たちだった。一〇年後の第二次世界大戦直前には高卒になった。今日では大卒が普通になっている。ところが仕事そのものは、本質的には四〇年前とほとんど変わっていない。変わったとすれば、仕事が定式化されたり、人事、品質管理、生産管理の専門家に奪われたりした結果、職長の仕事が易しくなったことぐらいである。

【中略】

したがって仕事の高度化とされているものの直接の原因は、学校教育の延長にすぎない。学校教育が長くなれば就職時の学歴が上がってくるだけのことである。

p287-288

学校教育が延長され、また、多様化してきたのは、実社会での仕事に必要だから、というわけではなく、それ自体が社会のニーズによってもたらされたものである、というのはそのとおりであろう、と思います。このニーズは、平均寿命が伸びたことによって、社会が豊かになったことによって、働き始めるのを遅らせるようになったことにより生じている、ということです。つまり、何もせずに遊ばせているよりは、教育を受けさせたほうがマシ、という程度のものであったのでしょう。

実際のところ、学校教育と仕事というのは、直に結びつくものではなく、それぞれが別のもので、別々の論理で存在しているのだと思います。ただ、これは長年学校教育を受けてきたものが、仕事に就こうとするとき、ある種のショックをあたえるものであるのでしょう。実社会の側としては、こうした高学歴の人々、いまでは普通の人々なわけですが、そうした人々にも居場所をつくり、比較的高待遇で受け入れてきたわけですが、仕事そのものが急に大きく変わったわけでないでしょうから、ギャップというのは常に存在してきたと思います。

今はこうしたギャップが拡大しすぎているのかもしれませんね。

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