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2008年3月 2日 (日)

リチャード・ファインマンのエンジニアリング考

ソフトウエア・エンジニアの Gustavo Duarte 氏のブログで、スペース・シャトル”チャレンジャー”の事故調査委員会に寄せられた、物理学者 リチャード・ファインマン氏の論考が取り上げられています。

Richard Feynman, the Challenger Disaster, and Software Engineering (Gustavo Duarte)

原文はこちらにあります。

Feynman's Appendix to the Rogers Commission Report on the Space Shuttle Challenger Accident

個人的に興味深い点について、引用したいと思います。

It appears that there are enormous differences of opinion as to the probability of a failure with loss of vehicle and of human life. The estimates range from roughly 1 in 100 to 1 in 100,000. The higher figures come from the working engineers, and the very low figures from management. What are the causes and consequences of this lack of agreement? Since 1 part in 100,000 would imply that one could put a Shuttle up each day for 300 years expecting to lose only one, we could properly ask "What is the cause of management's fantastic faith in the machinery?"

事故によってシャトルと人命が失われる可能性を、エンジニアとマネジメントとに見積ってもらったそうです。エンジニアは100回に1回程度だろうと答え、マネジメントは10万回に1回程度(!)と答えた、とあります。10万回に1回ということは、毎日シャトルを打ち上げて、300年に1度しか、そのようなことは起きない、ということで、一体このファンタスティックな信頼はどこから来ているのか、と問うています。

おそらく、NASAのマネジメントの見積もりは、多分に政治的なもので、つまり、

”スペース・シャトルは絶対安全です!!”

ということなのだと思います。

個人的には、NASAの”ロケット・サイエンティスト”達がこうした発言を行なうというのは、少々意外ではありますね。NASAといえども、政府の一部門であり、お役所の論理があるのは当然のことなのでしょうが。アメリカにもホンネとタテマエがあるんですねえ。

The Space Shuttle Main Engine was handled in a different manner, top down, we might say. The engine was designed and put together all at once with relatively little detailed preliminary study of the material and components. Then when troubles are found in the bearings, turbine blades, coolant pipes, etc., it is more expensive and difficult to discover the causes and make changes.

スペース・シャトルのメイン・エンジン − 液体燃料エンジン、のようなものは、通常は”ボトム・アップ”で設計されるのだとか。つまり、エンジンを構成する個々の部品について、単体で設計とテストを行い、不具合が見つかった場合には、修正を行ないながら、部品を順次よりおおきな構成物へと組み上げていき、最終的な構成物、 エンジンを完成させるそうです。

しかし、NASAでは違ったやり方で行なわれており、それは”トップ・ダウン”と呼ぶべきものであると。材料・部品の予備調査を行なった上で、一度にそれらを設計して組み上げてしまうのだそうです。このため、どこかにトラブルが見つかった場合には、原因調査をして設計変更を行なうのが、より高価になり困難になってしまう、とあります。

これは、確かにソフトウエア開発プロセスに関して語られていることに通じますね。ハードウエアであっても、スペース・シャトルのメイン・エンジンのような”1点もの”の開発の場合には、そのプロセスはソフトウエアを開発するのとあまり違いはない、ということでしょうか。

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