教える側のインセンティブが問題
教育というのは、手間・時間と、忍耐が必要な仕事だと思います。
SEマネジャが入社2・3年生までの若手SEに何かやらせる時は,段取りを教え,手取り足取りして正しいやり方を教えることが重要だ。単に「あれをやっておけ,これをやっておけ」などと言うたぐいの,指示だけするのは厳禁である。
口で言えば30分で済むことでも、教えないと本人が気づくまで2・3日かかることもあります。でも自ら気づき、学んだことでないと身につきません。教えてもらおうと思うのが間違い。言葉や頭で、分かった気になるのが一番ダメです。教えずに耐える方も大変ですわ
学生はできるだけ自分自身で問題を解く練習をしなければならない。しかしもしもここで彼が充分助けて貰わないですてておかれるならば、殆ど進歩しないであろうし、又教師が助けをしすぎるならば学生は何も得るところがないであろう。教師は手を貸さなければならないが、それは多すぎても少なすぎてもいけない。学生はいつも自分で 適当な仕事の分け前 を果たさなければならない。
G.ポリア 著, 柿内賢信 訳, 『いかにして問題をとくか』1, 丸善, 1954
ナレッジ・マネジメントや、情報共有の案件での、定番の問題として、いかにして情報を出すインセンティブを与えるか、というのがあります。職場での教育に関しても、同じ問題があると思います。教える側のインセンティブの問題というのが。
教える側としては、もともと、教育を行なうインセンティブというのは、薄いです。”長い目でみれば”、つまり、超長期的には、大きなリターンが期待できるかもしれませんが。この場合、リターンは計れるようなものでもありませんので、現在価値 − 100年後の100万円と明日の1万円 − という問題は別にしましても。超長期の投資を、何の保証も担保もなく、リターンが得られる見込みもなく行なう者は稀であろうと思うわけです。
伝統的な徒弟制度では、”弟子”は”師”に絶対の忠誠を近い、懸命に奉仕を行なうことで、自分が必ずやリターンをもたらす人間であることをアピールしている、という見方もできます。自分は長期にわたって信用できる人間であるから、ぜひ投資をお願いします、というわけです。
こうした徒弟制度は、古臭いもの、今の時代にそぐわないものとして、長らく否定される傾向にありました。しかし、その代わりに、教える側、教わる側の両者でインセンティブのバランスをとる方法があるかといえば、ないわけです。結局、各自が自己責任で学ぶべし、で終わってしまった感があります。
これでは、技術の伝承はできず、また、組織として知識や技術を蓄積していくこともできない、ということで、最近になって色々と模索を始めているわけなのですが。
アメリカから、コーチングとかいう概念が日本に輸入されていますが、これなどは、”師の心得”のごときもののように思えるわけでして、現代に徒弟制度を蘇らせようとする試みにも思えますね。ソフトウエア開発の世界では、もっと直接的に、”徒弟制度に回帰すべし”と主張される方2もいらっしゃるようです。
”徒弟制度”なのか”自己責任”なのか、別の方法があるのか、暗中模索は続きそうですね。
![]() | いかにして問題をとくか
著者:G. ポリア |
![]() | ソフトウェア職人気質―人を育て、システム開発を成功へと導くための重要キーワード (Professional Computing Series)
著者:ピート マクブリーン |
| 固定リンク


コメント