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2008年3月29日 (土)

機会の平等と結果の平等

私も、”機会の平等”、”結果の平等”という言葉の意味について、いろいろと疑問に思っていまして。続きの気になる記事です。

格差に関して,多くの論者が用いる整理は「結果の平等と機会の平等」という二分法です.例えば所得に関して,実際の実現所得が小さい(大きい)ことが結果の平等(不平等)なのに対し,より多くの所得を稼ぐ機会が誰に対しても開かれている(いない)ならば機会の平等(不平等)というわけです.

機会の平等ってそんな簡単な話じゃないんです (WIRED VISION)

”機会の平等”を確率的に公平なゲームのことであるとするならば、ゲームの参加者全員の利得の期待値は同じになるはずでして。この場合、ゲームを十分な回数繰り返せば、ゲームによって得られる利得は参加者全員が同じとなるのですよね。そうしますと、機会が平等であるというのは、すなわち結果が平等となることになるわけでして、両者を区別するものは何なのか、そもそも区別する必要はあるのか、という疑問が出てきます。

一対一の賭,じゃんけんで負けたら,相手に100円払うというゲームについて考えます.じゃんけんそのものは公正で,支払いも約束通り履行されることがわかっているとしましょう.つまりは参加者双方にとって平等なルールで行われる賭というわけです.

【略】

仮にAさんは100円しか持っていないのに対し,Bさんは300円もっているとしましょう.この時,Aさんは始めの1回で負けてしまえば破産し,これ以上ゲームにとどまることは出来ません......全財産である100円を取られてお終いです.1回勝ってはじめてAさんとBさんは五分の勝負になるわけですから,Aさんの勝利確率は1/4,Bさんのそれは3/4ということになります.ちなみに,このゲームでの勝利確率の比は当初の手持ち金額の比そのものになります.ひとつひとつのゲームに不平等がない一方で,ゲームが繰り返されたときにその勝敗を決めるのは初期条件である手持ち現金額なのです.

さて,このゲームでは機会の平等は保証されているのでしょうか? それともされていないのでしょうか?

何をもって”勝ち”、”負け”とするのかが、あまりはっきりと書かれていませんが。

おそらくこれは、ゲームを繰り返し、 A, B いずれかの所持金がゼロになった時点でゲームが終了し、所持金ゼロとなった方が”負け”、ならなかった方が”勝ち”と定義するのだと思います。

Aさんについて、このゲームを考えてみますと、以下のようになります。

回数 事象 所持金
1回目 勝ち 200円
   負け ゼロ
2回目 勝ち ⇒ 勝ち 300円
   勝ち ⇒ 負け 100円

Bさんについて、このゲームを考えてみますと、以下のようになります。

回数 事象 所持金
1回目 勝ち 400円
   負け 200円
2回目 負け ⇒ 勝ち 300円
   負け ⇒ 負け 100円

1回目でAさんが勝ち、Bさんが負けると、両者の条件が同じになります。つまり、所持金が同額となります。以降のゲームで、Aさんが勝つ確率は 1/2 であるとしますと、ゲーム全体でAさんが勝つ確率は、 1/2 ・ 1/2 = 1/4 である、ということなのでしょうね。そうしますと、Bさんが勝つ確率は、 1 - 1/4 = 3/4 です。

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