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2008年4月20日 (日)

消極的司法と「ねじれ国会」

本題とあまり関係ない感想ですが。

司法も対案示してほしい (レジデント初期研修用資料)

裁判所が、判決で暗に立法を促す、ということはあるはずでして、広い意味で”対案”を示す、ということはあるでしょうね。そして、三権分立という点から、こうした行為を、”司法権の逸脱”として批判する、というのは、よくあるようです。

しかし、三権分立というのは、立法・行政・司法が互いの領分を守って仲良くしましょう、ということではないように思いますけどね。当然、三権が激しく対立する事態をも含意しているはずです。かって、アメリカで、最高裁がニューディール立法をことごとく違憲として、議会と対立したように。

三権分立という言葉は、多義的で、いかようにもとれるところはあるのでしょう。日本では、互いに対立せずに、自らの仕事に専念すべし、という意味が与えられることが多いように思います。

何か似ているな、と思ったのが、いわゆる「ねじれ国会」という言葉。国会というのは、粛々と法律を処理するだけの場所ではなく、議論を交わすべき場所であるはず。また、上下両院に分かれているということは、制度上、上下両院が激しく対立する、という事態は含意しているはずです。「ねじれ国会」なんて事態は、起こって当然の現象だろうと思うわけです。

権力の対立というのは、もともと民主主義のシステムに組み込まれており、それが起きるのは、それこそ、民主主義が正常に機能している証じゃないのですかね。この国には、対立というのがお嫌いな方々が多い、ということなのでしょうか。

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