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2008年5月 6日 (火)

思考の余剰

これは面白いですね。

思考の余剰の大きさについてもう少し考えてみよう。それはあまりにも大きいため、ほんの小さな変化でも大きな結果を生み出しうる。たとえば99%は変わらず、みんな今までと99%までは同じようにテレビを見るが、1%は何かを作り、公開することに使ったとしよう。インターネットにアクセスできる人々が1年にテレビを見る時間は、おおよそ1兆時間になる。アメリカにおける年間の消費時間の約5倍だ。その1パーセントは年間10,000のWikipediaプロジェクトへの貢献に相当する。

Clay Shirky / 青木靖 訳, 『ジン、テレビ、社会的余剰』, 2008年4月26日

社会が豊かになって、人々が多くの余暇を持つことができるようになった、さてその余暇を何に使っているか? ― テレビを見ている、という話は有名ですね。どこか皮肉な話でもあるわけですが。インターネットによって、もう少しマシなことに余暇を使うようになるのか、興味のある話です。

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