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2008年5月 4日 (日)

”自然が一番”とか

ある宣言 - 新小児科医のつぶやき のコメント欄より。産科の苦境に関連して、ときどき、出てくる話題のようですが。

日本での分娩はなぜ『手なりでマージャンを打つ』ような自然分娩ばっかりなんでしょうか?シンガポールでは(他の海外でもそうらしい)、計画出産が常識化しています。分娩を9時ー17時のレンジに入れるよう、出産予定日の前日の夜に入院し、翌日全スタッフ(麻酔医などの専門医たち)の揃っている時間帯に出産させています。これだと、万一緊急事態が発生しても、助かるリスクが上がる、というのが理由の一つで、もう一つはお産のために夜中にスタッフを取られない=>他の事故などの対応に人的資源を振り分ける、という意味合いがあるそうです。

tora さん (2008/05/04 17:47)

計画出産はおっしゃるような合理的な思考は無視され、「医者の都合で分娩時間を決められてしまう。赤ちゃんの誕生日が決められてしまう。」とのたまう患者の家族団体がいてこれがねえ 結構世論を引き付けています。産科医個人が疲労困憊の末に起こってしまう不測の事態というのは本邦の国民の理解を超えています。

Bugsy さん (2008/05/04 18:24)

”自然が一番”とかのたまう方々にお勧めの書籍は、文学ですと、『蠅の王』とかですかね。 山本七平氏 『日本はなぜ敗れるのか − 敗因21カ条』 をあわせて読むとベターかもしれません。

... 「餓鬼」の絵に描かれている「者」の、あの独特の目つき、挙止、体形は、すでに人間のものではない。ああいう相貌を描いた人こそ、本当のリアリストであろう。

だが人間はなかなか本当のリアリストにはなれない。そのため、あの「餓鬼」の絵は空想の産物と思い、一方では平気で「自然に帰れ」などといい、そしてそういうスローガンを掲げれば、本当に自然に帰れると思っているらしい。そのくせ、ピアフラの写真を見て、「かわいそうだ」という。これはまことに奇妙で、空想的というより妄想的、支離滅裂的発想である。

そしてそういうことをいう人の話を聞いていると、言っていることは結局、現代の資本主義的生産物の恩恵だけは十分に供与されながら、自然的環境の中で生活したい、簡単にいえば、自然的環境の中で冷暖房つきの家に住み、十分な食糧と衣料がほしい、ということにすぎない。

だがそれは、最も不自然な生活だから、それを自然と誤解しているいまの日本人が本当に自然状態に帰らざるを得なくなったら、おそらく全人口の七割くらいは、生存競争に敗れて死滅してしまうであろう。自然には、人間を保護する義務はない ――― ということは、自然状態にかえった人間も、ほかの人間を保護しないということである。

山本七平氏, 『日本はなぜ敗れるのか − 敗因21カ条』, 角川書店, 2004, p.236

フィリピンはルソン島で、”自然に帰る”ことになった日本軍の兵士たちは、食糧を手に入れるために、現地でありとあらゆる犯罪を犯した末、友軍同士互いに殺し合い、その肉を食うという行動へと追い詰められるわけでして。結局、人間が人間でいられるのは、文明の中にあってこそで、”自然に帰った”人間はもはや人間ではない、ということでありましょう。

人間はもはや自然に帰ることができないことを知っているがゆえに、自然に対し憧憬の念を持つのでしょうけどね。ノスタルジーはノスタルジーのままにしておくべきでしょう。

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