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2008年5月11日 (日)

価格メカニズムによらない市場

何でしょう? ちょっと、意味がわかりませんでした。

市場回すのにどうしても欠かせないのが、「命の値段」。疾患ごと、状況ごとに、病院が患者さん側に支払うべき「標準価格」みたいなもの。こればっかりは、政府の代表者に決めてもらわないといけない。

今はまだ、誰も「命の値段」をつけようなんて思ってないみたいだし、裁判所が決定するそれは、残されたご家族の心情とか、病院側の態度とか、もっと個人的な状況が「価格」に反映されるみたいだから、そんな流れの先に「市場」は見えない。

安全の市場化 (レジデント初期研修用資料)

市場メカニズムというのは、価格決定を通じて、需要と供給が調整される過程をいうのですよね。価格が固定されると、市場は機能しないように思えますね。素直に読むとですが。

この場合、「命の値段」というのは、医療訴訟で賠償額に上限を付けるとか、あるいは、無過失補償制度のようなものを指しているのでしょうか。

また建設業の話になりますけど。例えば、建築基準法ですとか、土木示方書といったものは、建設物が満たすべき最低限の”安全性”というものを決めていますよね。技術者がやるのは、その”安全性”をぎりぎりクリアするような設計を作り出すことであったりします。

当然のことながら、安全性とコストは正比例する関係にあるわけでして、安全性を高くすれば、コストも高くなるわけです。業者は市場原理のなかで、価格競争をやっているわけですから、”安くつくる”が至上命題でして、安全性というのは、最低限でなければなりません。この最低限の安全性を政府が定めるということは、やはり必要なことでしょうね。例え建設物が崩落したとしても、基準をクリアしている限り、業者が法的責任を負うことがない、ということを担保できるわけです。

とはいえ、昨今の耐震偽装騒動をみるに、このやり方も完全ではないですけどね。価格競争が行き過ぎれば、やはり良心よりパンをとる業者は出てきます。また、業者が一定の範囲で免責されるかわり、基準を作る政府が責任を負うことになっていますが、政府といえども負えない責任はあるわけでして。国庫も無尽蔵ではありませんから。政府が到底クリアできないような基準を作る、という事態は起こりえますね。

医療市場を回すのに必要なのは、やはり法的責任が免責されるような基準を政府が作ること、のようにも思えますね。医療という分野でこれが可能なのかどうか、というのはわかりませんけど。建物の強度みたいに、明快な数字は出てこないでしょうし。

まだ東京大学で先生をしていたときのことである。筆者は東京女子医大の先生たちと、鼓膜の力学的特性についての共同研究をしていた。そこでとても驚くことがあった。ナント、言葉が通じないのである。といって、医者は日本語を話さないということではない。「数(かず)」を全然使わないで議論をするのである。

たとえば、人の体を対象として扱うとしよう。こういうとき、筆者たち技術屋はまず、「体温36.5℃」とか、「鼓膜の張力31.3mN(ミリニュートン)」といった「数(かず)」で表わす。「数(かず)」で表さないことには、工学的な思考の対象にならないからである。ところが、医者の世界は違うのである。「温かい」とか「冷たい」、「固い」とか「やわらかい」といった、非常に感覚的な言葉で表現するのである。

畑村洋太郎 著, 『数に強くなる』, 岩波新書(新赤版)1063, 2007

何か、コンピュータ・ソフトウエアの世界とだぶりますけども。個々の事例での違いがありすぎると、使える数字はなかなか出せない、ということかもしれません。数字が出ない、というのは、議論の説得力という面で、なかなか苦しいことになるわけですけどね。

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