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2008年6月28日 (土)

公務員は「サービス業」なのか?

公務員は「サービス業」であるのだから、個々の国民は、公務員に対し、色々クレームや注文をいう権利があるとか。

「公僕」という言葉のとおり、「広く公衆に奉仕する者」ではあるのでしょうけどね。あくまで、国民全体に対して奉仕するのであって、個々具体的な「国民」に対してではなく、つまるところ、特定の一国民が公務員に対し、何かを要求することはできないでしょう。

「俺 たち の税金」という言葉にあるように、勝手に「国民の代表」を称して、色々と主張する者があるわけですが。何の根拠もなく、自らをもって、世論を代表している気でいるとは、笑止千万でしょう。それこそ、選挙に立候補して当選した者であるのなら、まだ根拠はあるのですがね(アローの不可能性定理はともかくとして)。

しかしまあ、こうした考えの者が多数であるのなら、本当に公務員の「サービス業」化も考慮に値するかもしれませんね。

「サービス業」であるからには、支払った対価によって、サービスの内容が決まることになるでしょう。国民が支払う対価とは税金であり、税金の額は主として所得によって決まるわけですから、所得別に受けられるサービスの内容を決めることになりますね。

厚生労働省の所得再分配調査によりますと、税・社会保険料による拠出が受給を上回るのは、年間所得が600万円あたりの所得階級からであるようです(平成17年度調査 p.8 にある 「図5 当初所得階級別所得再分配状況」を参照)。

これと、所得税の課税所得を考慮して、以下のように分けると良いかもしれませんね。

  • 1級市民 年間所得が 1,800万円 以上
  • 2級市民 年間所得が 900万円 以上
  • 3級市民 年間所得が 700万円 以上
  • 非市民 上記に該当しない者

市民の等級によって、行政から受けられるサービスが変わるというわけです。非市民は納税を完全に免除して、そのかわりに、一切のサービスを受けられないとしますと、国家財政も著しく改善をみることでしょう。

納税額によって市民を等級分けするというのは、19世紀あたりまでの「自由主義国家」においては、普通にあったはずであるわけでして、応益負担 ― 得られる益に対し応分の負担をする ― という考えから、自然と導かれる発想ではあるのでしょう。こうした考え方が変わって来たのは、第一次世界大戦あたりからでしょうかね。

確かに、昨今は19世紀以前の「自由主義国家」への回帰と思えるようなことを、主張する者もあるわけですから、上記のようなことも本気で検討に値するのかもしれません。

私はまっぴらごめんですけどね。

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